子どもが幼稚園に行き始めた頃から1年に1回海外旅行に行くようになりました。経済的には決して楽でなく家族で揉めたこともありましたが、コロナで海外に行けなくなった今、行けるときに行っておく、やりたいことはやっておくというスタンスでいたことは本当によかったと思います。そして、当時欲しいものはたくさんあったけれど、それを我慢してでも旅行にお金をかけたことは今になって正解だったと思えるようになりました。
星野道夫さんの文章にも勇気づけられました。
旅を終えて帰国すると、そこには日本の高校生としての元の日常が待っていた。しかし世界の広さを知ったことは、自分を開放し、気持ちをホッとさせた。僕が暮らしているここだけが世界ではない。さまざまな人々が、それぞれの価値観をもち、遠い異国で自分と同じ一生を生きている。つまりその旅は、自分が育ち、今生きている世界を相対化して視る目を初めて与えてくれたのだ。
星野道夫『旅をする木』文春文庫 1999年 168頁
私はずっと飛行機がきらいで、海外旅行に行き始めたのは結婚してからです。飛行機が怖い、でも行きたい、そんな葛藤を乗り越えて海外に行くようになったのにはいくつか理由がありました。今日は15年以上海外旅行に行き続けた理由についてお話しします。
トラブルはたくさんあったと思うのですが、もう行きたくないと思ったことは一度もありません。大変だったという記憶がほとんどないのはトラブルさえも楽しんでいたからだと思います。
国際列車が自転車に次々と追い抜かされたり、ホテルのエレベーターが途中で止まったり、移動遊園地の観覧車が危険極まりないスピードで動き出したり。どれも日本では経験ありません。でも外国ではありました。「えええーっ、うそでしょ!?」と思うのは私たちだけで、周りの人たちは平然としていました。ランチを食べるために入ったレストランで大人全員に無料でビールが配られたり、アイスクリームのシングルを頼んだら追加料金なしでダブルにしてくれたり、子ども遊園地の乗り物を続けて2回乗せてくれたりとうれしいハプニングも。1つ1つの出来事にびっくりしながらも家族全員楽しみながら対応できたのは大きな自信になったし、海外に行く大きな原動力になりました。こうした経験の積み重ねによって様々な価値観に触れ、自分の視野を広げることができたのだと思います。自分にとっての常識は世界に出たら1つの価値観でしかなく、しかもそれは絶対ではない。このことを知ることができたのは本当に大きかった。様々な価値観に触れた分だけ日本で生きやすくなった気がするからです。
日本だとレストランやカフェには飲み物のメニューがあり、その中から選ぶことがほとんどですが、外国には飲み物のメニューのないことがよくありました。その場合お店の人とやりとりをして注文することになりますが、そのやりとりに慣れていないのです。「何がいいですか?」と聞かれ「何がありますか?」と言いたくなることも多々。日本のメニューに慣れきっている頭には「何があるか」「それはいくらか」が提示されないと決められなくなっていたのです。
同じようなことは他にもありました。洋服のお店で「何が欲しいか」「どんな色がいいか」など具体的に聞かれ、何が欲しいのかよくわからないことがわかったこともあります。今だったら自分の気持ちをそのまま言いますが、昔の私にはそれができませんでした。いろいろ見せてもらった挙句に断ってもいいのか、いいとしても自分に断ることができるのかとも考えました。やりとりを自分で複雑化していたのです。でも旅を重ねる中で人々のやりとりをたくさん見て、自分の気持ちを率直に表現すればいいんだということを知りました。市場などは自分のコミュニケーション力を訓練する絶好の場ですね。自分の希望を伝え、回答をもらい、自分で決定し最後にそれを伝える。これを繰り返すことは、日本でのやり方が染み付いている自分の頭を切り替え、成長させるとてもいい機会になりました。
日常生活のふとした瞬間に旅の風景が頭をよぎることってありませんか。「なぜあの場所が!?」という感じです。旅行していたときには何気なく通り過ぎたりやり過ごした場面が急によみがえってくるのです。
コロナの影響で家にいる時間が増え、近所を散歩する時間が増えました。散歩中にも時々その瞬間は訪れます。海外を旅しているような気分になり、すごくリフレッシュします。日常生活でギューっと締め付けられている心が緩んでサッと気持ちが切り替わり、問題解決の糸口がつかめたりアイディアが浮かんだりします。とても貴重な時間です。
星野道夫さんの文章は旅を続ける大きな支えになりました。目的地に着き飛行機の扉の外に出た瞬間から清々しいほどの解放感を感じ、それが旅の間ずっと続く。それはなぜなのか。このことをライフワークのようにずっと密かに考え続けている私にとって、冒頭の引用文章は1つのヒントであり、答えでもあります。私はこれからもきっと旅を続けていくことでしょう。
小さい頃からの海外体験が人に何を残すのか、これは私自身経験したことがなくわからないことです。子どもが大人になった今、本人にいろいろと聞いてみたい気持ちもあります。ブログを通して旅について考えてみたいと思います。