言語習得の理論を生かす Part2 子どもの第二言語習得

Part1では母語習得について取り上げました。今回は子どもの第二言語習得です。ペレラ柴田奈津子著『子どもの第二言語習得プロセス プレハブ言語から創造言語へ』という本を読んでみました。英語教育について取り上げていますが、英語の部分を日本語に置き換えても十分通用する内容です。日本人の幼稚園児4人が文法などの説明を受けずにどう第二言語としての英語を身につけていったのか、具体的な発話内容とともに研究結果がまとめられており、年少者の語学教育に携わる者としてとても示唆に富む内容です。他にもいろいろな理論、考え方があると思いますが、一つの考え方として皆さんのご参考になればと思います。

子どもの第二言語習得プロセスのポイント

未就学児に日本語を教えているとき、こんなことがありました。絵を見ながら私が「新幹線、すごく速いですね」と言ったところ、子どもが私の文章をそのままリピートしたのです。発話にスピードもあり、イントネーションもそのまま。言葉を1つ1つ教えている時よりもすごく日本語らしい感じがしました。「今のは意味がわかっていて真似したのかな」とびっくりしましたが、小さい子なので確認できず。その後も時々似たようなことがあり、真似するのが得意なのかなと思っていたのですが、この本によるとどうやらそうではないらしい。これは子どもの第二言語習得プロセスの一つに相当するようです。皆さんもそんな経験はありませんか。

今回も3つのポイントに絞って見ていきたいと思います。

模倣は第二言語習得のスタート

第二言語習得段階の最初のうちは、会話の中で相手の発話の全体や一部を模倣することがよくあります。模倣というのは、子どもが第二言語に通じていない時に、ことばによるインターアクションを始める上での鍵を握っているのかもしれません。

ペレラ柴田奈津子. 子どもの第二言語習得プロセス プレハブ言語から創造言語へ(p.127)

確かに、ある程度日本語を習得した子どもが教師の発話をそのまま模倣することは少なく、まだ日本語でコミュニケーションを取るための語彙があまりない子どもがよく教師の発話を模倣します。これは必要に迫られてというよりも、「学習者が自然と欲する自己実現のために用いられている」(ペレラ柴田奈津子. 子どもの第二言語習得プロセス プレハブ言語から創造言語へ p.189)ということのようです。前述の「新幹線、すごく速いですね」を模倣した子どもは新幹線が大好きで、「言いたい」という強い気持ちがあったのかもしれません。

どんな言葉を取り入れるかは学習者が決める

これは私が日本語レッスンを子どもたちに提供していくうえで常に覚えておきたいポイントです。

まず個々の能力や好み、また場面に応じてプレハブ言語を取り出します。この時プレハブ言語は長くても短くても、またシンプルな構造でも複雑なものでも、どこで切り取られていても良いのです。そしてそれ自体がどんなコンテクストで使えるか、またどの部分が状況に応じて入れ替えられるか、部分的に分解してみます。分解によって入れ替えをしながら、少しずつそれに手を加えていき、使いたいように自由に変えていくのです。

ペレラ柴田奈津子. 子どもの第二言語習得プロセス プレハブ言語から創造言語へ(p.199)

間違いのないように先にお伝えしておくと、この部分の主語は子どもです。教師や親ではありません。

プレハブ言語というのはその定義が難しいようですが、私の理解では第二言語を学び始めた子どもが最初に模倣する言葉の塊(チャンクのようなもの)と考えます。たとえば、「新幹線、すごく速いです」を模倣した子どもにはこの表現がプレハブ言語となります。次に飛行機と新幹線が競走しているアニメを見て「飛行機、すごく速いです」と分解し、「新幹線、速いです。飛行機はすごく速いです」など表現がさらに広がり、最後には「僕はA君より足が速いよ」など自由に使えるようになるというイメージです。

ここでのポイントは、個々の能力や好み、また場面に応じて学習者自らが模倣する言葉を選ぶという点です。教師がプランを立てて今日は「新幹線はすごく速いです」を教えようとしても、学習者がその言葉に反応しなければ習得は難しいとのこと。これは日々のレッスンからも実感できる事実です。

伝統的な文法/ 文型シラバスの語学クラスでは、インプットを教師が操作しています。(中略)そこには教師が選んだことばしか存在しないため、そのような環境下では、学習者は自分にとって役に立つと思ったプレハブ言語を自由に選ぶことができません。

ペレラ柴田奈津子. 子どもの第二言語習得プロセス プレハブ言語から創造言語へ(p.213)

学習者、特に子どもの必要とするところや興味のありどころというのは十人十色であり、教師が思い浮かべるような一律の法則が当てはまるものでもありません。

ペレラ柴田奈津子. 子どもの第二言語習得プロセス プレハブ言語から創造言語へ(p.213)

特に第二言語習得の初期において定型表現を覚えさせようとしても、教師の言った通り真似することはなかなかできません。そして覚えたとしても、それらは容易には分解に至りません。ですから決まった慣用句やコロケーションよりも、教える内容や活動に様々な表現を何度も織り込んでいくように意識することの方が大切です。教室においてできるだけ種類豊富な表現が常に使われている状態にすることで、より多くの実用的で且つ分析可能なプレハブ言語が、生徒自身によって切り取られる機会をもうけることに繋がるからです。

ペレラ柴田奈津子. 子どもの第二言語習得プロセス プレハブ言語から創造言語へ(p.214)

なるほどと思いました。大人と子どもの第二言語習得の違いはこのあたりにあるかもしれませんし、大人でも自分が英語を学ぶときのことを思い返してみると、こういうことはあるかもしれないと思いました。教師は活動の中で様々な表現を使ってみせて、その中から学習者が自分に必要な言葉を選ぶというわけです。コースデザインをする際やレッスンプランを考える時には、内容を最初から「これだけ」と決めてしまうことなく、バラエティ豊かな活動を通していろんな表現に触れる機会を準備したいと思います。

子どもが夢中になれる場面を作る

第二言語ならば、母語での自分の体験ですんなりと飲み込めるような場面があると、そのコンテクストと言語の繋がりに気づきやすくなります。

ペレラ柴田奈津子. 子どもの第二言語習得プロセス プレハブ言語から創造言語へ(p.215)

子どもが第二言語を学び始めるとき、その子は既に母語でいろんな経験をしています。たとえば朝起きたら歯を磨くとか、何かもらったら「ありがとう」と言うとか。できるだけシンプルで、なおかつ子どもが楽しいと思えるような場面を作るのが教師の役割です。

忘れてはならないのは、実際のコンテクストで再現して自分の言語にしていくというプロセスです。

ペレラ柴田奈津子. 子どもの第二言語習得プロセス プレハブ言語から創造言語へ(p.215)

「実際のコンテクスト」、これをどう用意できるかもポイントになってきますね。用意された台本を読むのではなく、実際の活動の中で自分のこととして表現できる機会を設けることが必要です。たとえばぬいぐるみを使って物のやりとりを見せ(犬がくまにプレゼントをあげるとか)、くまが「ありがとう」と言ったとします。そうしたら次は子どもの番です。くまさんが子どもにプレゼントをあげます。子どもは場面から想像して「ありがとう」と言いやすくなりますね。その後の活動として先生と子どもがそれぞれ絵を描いてプレゼント交換すれば、これも生きた「ありがとう」になります。

ことばとコンテクストの結びつきをわかりやすくすることができると、学習者はコンテクストに助けられて、似たような状況や場面でそれに付随する表現を使ってみようとします。実は既にそこから自力媒介(self-mediation) (Lantolf & Thorne. 2006) が始まっていると言えます。

ペレラ柴田奈津子. 子どもの第二言語習得プロセス プレハブ言語から創造言語へ(p.217)

語彙カードや絵カードで語彙の習得を確認することはできますが、覚えていない言葉をリピートさせたり、それで言えればOKとするのは違うということなのでしょう。できるだけリアルな場面を用意して、その中で使ってみることが大事なのです。レッスンで子どもがその活動に十分楽しく取り組むことを重視するのも、その時湧き上がった気持ちと言葉を結びつけることがスムーズな言語習得に繋がると考えるからです。「次、私やりたい!」と思ってもらえるような場面を用意したいですね。

最後に

大切なことはプレハブ言語を自分で選び、分解のルールを見つけていく過程であって、学習者が取り出したプレハブ言語をいつどのような時に使うか、どうやって分解を始めるかをサポートすることこそが教師の役目となります。

ペレラ柴田奈津子. 子どもの第二言語習得プロセス プレハブ言語から創造言語へ(p.217)

自分の力で第二言語の習得を始めた子どもをサポートすることが教師の役目だとすると、レッスンではまず第一に、子どもの言葉や表情などをよく見ることが大切で、その子が何にどう反応したか、それはなぜかを考えることも必要なのだと思います。そしてその次に、子どもの反応に対して適切なボールを返す柔軟性が教師に求められているのだなと感じました。

日本語レッスンや、ご家庭での親子の会話のヒントになれば幸いです。

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